ヒストリー

「幸福寿命」を目指すスティックサイズ

2019年1月、人生をかけた起業
私は一九八九年日本の豪雪地帯・新潟県妙高に生まれた元スキー日本チャンピオン小島佑司、三〇歳。スティックサイズは私が初めてスティックを握りしめてから、 実に一五,〇〇〇時間の末開発した本格的な四支点運動で、日本初のシニア向けエクササイズです。豊島区の創業者支援助成金を受け、巣鴨に一五坪のトレーニングジムを開設したところ、オープンして間もなく東京新聞やテレビ局などのマスコミから、この小さなジムに秘めた可能性について、取材申し込みを頂くようになりました。スティックサイズは、私が今まで出会って来た人や、悪戦苦闘の人生で学んだ産物です。その解説と同時に、スティックサイズが出来上がるまでの軌跡を辿ります。

4支点運動の動作200種類超え
2本のスティックと2本の足を支点に合計4支点で行うエクササイズ「スティックサイズ」は、従来のエクササイズより運動性もカロリー消費量も格段に向上し、高齢者の体力強化・予防医療・未病対策に貢献し、その動作は既に二〇〇種類を超える。現在も進化し続け、その可能性は無限大だ。
コンセプトは高齢者の日常動作における機能改善を最優先し、運動能力を高めることにあり、その特徴は次の3点である。

  • ①不安を除いた安心・安全な動作
    体重支持面積が増加することで「安定したバランス」と「足腰の負担軽減」に繋がり、安心・安全な動作と合わせて、筋膜リリースが容易にできる。

    ②複数の関節と複数の筋肉の連動
    ひとつの動作で複数の筋肉・関節を連動させ効率的かつバランスの良い運動ができる。

    ③「握る」ことで脳の活性化を促進
    手足の指先から脳までの運動神経を同時に刺激することで、全身の感覚を研ぎ澄ますことが可能になる。

111㎝~153㎝まで調節可能なスティック。

これらの特徴を実現するため、スティックは私の経験を活かした世界唯一の独自設計となっている。スティックサイズ誕生の火種は、今から25年前に私の心身に宿ったのです。

五歳児の修行生活と奇跡の時間
私が人生最初の転機を迎えたのは五歳の時、当時60歳の祖父・岩井勝雄が平成生まれの私にあたかも昭和のスパルタ教育を施した。五歳になると私は祖父の家で週末を過ごすようになった。上杉謙信の城下町・春日新田にある祖父の家から城跡の在る山頂まで片道5キロ・往復10キロの早朝山間走が一日の始まりで、最初は家に帰るだけで必死だった。 やがて城跡の復旧工事が始まり、ボランティア活動として砂袋を背負い、麓から山頂まで往復した。水と米が有難かった。朝食が終わると、数学家の祖父の指導で暗算特訓の時間、更にその後は将棋6段の祖父と将棋を指した。当然負け続けたが「何故負けたのか?」を自問自答させられた。この祖父による修行で、基礎体力・忍耐力・思考力・闘争心の全てを満遍なく鍛えられたように思う。五歳にして「生きて帰って来られた!」という達成感を味わえたのは、今思うと奇跡の時間だった。

宮本武蔵を心に秘めた中学時代
小学一年生で初めてクロスカントリースキー大会に出場した。上級生に混じって二位になり豪華賞品を手にしたときの優越感と感激が、私をスキーの世界へと駆り立て、中学でスキー部に入部。掲げた目標は「日本一」。しかし現実は厳しく、新潟県大会で100位という辛酸を舐めた。県の代表は上位一五名。この現実が闘争心に火を付け、当時一三歳の私は徹底した自己改革を始めた。

①強くなる!その為の時間を創り出せ!
授業時間50分間の内、先生が黒板に字を書く30分間を独習時間にあて、スポーツ科学、生理学、栄養学、心理学、コンディショニング学、呼吸法などの書物を必死に読み続け、残りの20分間で黒板の内容をノートにまとめ、丸暗記した。

②「教えて下さい!日本一への秘訣!」
ライバルと比較して私の天賦の才能は明らかに劣っていた。近在の現役五輪選手や元ナショナルチームコーチを尋ね歩き、「日本一になりたい!」その一心で門戸を叩き、稽古をつけて頂いた。

③700日の心身改造「俺は宮本武蔵」
中学1年の時、40キロしか体重が無かったが、栄養学を独学し10カ月で除脂肪体重15キロの増量に成功した。そして楽観的な性格では勝てないと判断し、宮本武蔵の書を読み、常に武蔵をイメージし続けた。その結果中学2年で県大会五位となり全国大会出場を決め、中学3年でジュニアオリンピック優勝、ジュニア日本ランク一位となり、翌年から日本選手権の出場権も手に入れた。己を信じ野生の直感のままに生きた700日間だった。

挫折から生まれた「魔法の杖」
20歳を超えると一回の練習での総挙上重量は20トンにもなり、26歳の時、肩を怪我したが、スティックのケアで痛みは驚くほど早く回復した。「ひょっとして、このスティックエクササイズは、私以外の人にも効果があるのでは?」同時期に肩を痛めていた当時七四歳の祖母・岩井千鶴子に試したところ2か月で効果が出始め、一年通院した治療院に行かなくなった。私の心が沸き立ち、何か漠然とした希望が自分の中に急にムクムクと頭をもたげ始め、スキーの準備運動だったエクササイズの本格的改良が始まった。 既にこの時、スティックを握り始めて1500時間を超えていた。

  • 2015年フランス・Bessanでの国際レースを力走する
  • 【クロスカントリースキー競技戦績(抜粋)】
    ●2005年: ジュニアオリンピック10kmclassical 優勝
    ●2006年: 全国高校選抜スキー大会 4位
    ●2007年: インターハイ・リレー競技 優勝
    ●2009年: 全日本学生チャンピオン大会30km 優勝
    日本選手権チームSprint 2位
    ●2012年: 全日本学生チャンピオン大会1.4km 優勝
    ●2013年: 日本選手権50kmクラシカル 6位
    ●2014年: 日本選手権Sprint 6位
    ●2016年: フランス選手権15kmClassical 19位
    欧州選手権15kmClassical 42位
    ●2017年: 国民体育大会10kmClassical 7位

NSCA CSCS資格取得
この資格は傷害予防と運動機能向上を目的とした運動プログラムを処方する専門家資格で、元アスリートの取得者は少なく、医師や研究者などが多い。現役引退後に上京した私は、新規スポーツジム監修などの経験を経て、スティックサイズを本格的なビジネスのステージに立たせる決断をした。

スティックサイズにかけた想い
縁尋機妙、これまで私の成長に関わって下さった方々のお陰で今の私とスティックサイズがある。今改めてジムで様々な人の想いと向き合う時、健康は手段であり、目的はその先にあるように思う。三年前、父方の祖母・小島麗子が八三歳で大腿骨を骨折した時「大好きな山菜採りをしに山に入りたい」彼女にとっての「幸福心」が驚異的な回復力を引き出した。 ジムに通う高齢者には「健康寿命」にとどまらず、日常生活を楽しむ意欲的な「幸福寿命」 を目指して欲しい。世界の未来がAI共生化、5Gなど光速度変化を続ける中、高齢化社会の日本で「一隅を照らす」存在になれるよう進化し続け、日本の未来に貢献できるよう成長してゆきたい。未熟な若輩ですが、時代の変化の波に呑み込まれず、自己研鑽をしてゆく覚悟です。 感謝合掌

  • 2019/11/13NIKKEIプラス10 出演
  • 2019/11/12講演会でした。
  • 2019/10/13【メディア監修:Fine+ produce by DOCTOR AIRの監修者となりました。】
  • 2019/10/10【メディア出演:テレビ東京 よじごじDays】
  • 2019/10/01【メディア掲載:タウン誌すがも 10月号】